こんにちは。今回はシルクフードの主役「蚕(かいこ)」に関する共同研究者、京都大学農学研究科の高橋助教に登場していただきます。
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(※高橋先生プロフィール)
高橋 春弥
京都大学 大学院 農学研究科 食品生物科学専攻 食品健康科学講座 助教
専門は食品分子機能学。
主に植物系の食品を対象に、メタボローム解析を用いた研究で食品成分の解明に尽力。さまざまな企業との共同研究で実績を持つ。
エリーと共同研究を進める研究者の一人。
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エリーとの共同研究について
Q.専門分野のご紹介をお願いします
専門は「食品分子機能学」という分野で、食品に含まれる成分の機能性を研究しています。
食品に含まれる成分とは、例えば市販の食品のパッケージには、カロリーやタンパク質、ビタミンといった栄養成分表示がありますが、食品を構成する食材(野菜や肉・魚など)には他にも数多くの成分が含まれています。すでに名前があって働きまで分かっている成分も、まだ名前のない未知の成分も、食材にはさまざまな成分がある……。そのことが分かったのも分析技術が進化した最近で、まだまだ全貌が明らかになっていない食材が多いんです。
私は、主に「メタボローム解析」という新技術やそれに近い技術を用いて、食品に含まれる成分を調べ、有用な成分を見つけて機能性を評価しています。これまでの実績の例を挙げると、トマトや麹(こうじ)で、既に知られていた成分が健康維持・増進に有用な機能性成分であることを発見しました。
エリーさんとは京都大学の産官学連携活動でご縁があり、蚕がもつ成分について調べています。
Q.共同研究が決まった時、率直にどう思いましたか?
昆虫を対象にするのは初めてでしたから、お話をもらった時には驚きました。
ただ、昆虫食がいわゆる肉類の代替品として注目される中で、エリーさんは「蚕について、単なる栄養源という以外に機能性成分の可能性も探りたい」と意欲的で、興味深く話を聞いたのを覚えています。また世界の食糧的な課題を考えると、その解決の一手である昆虫食に携わる意義はとても大きいと感じました。
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データと知見。両輪をうまく回すこと
Q.研究手法である「メタボローム解析」について教えてください
植物や動物の生体内には、代謝によって生み出されるタンパク質やアミノ酸、糖などの代謝産物(メタボライト)が多く存在します。その内容を装置で調べる技術が「メタボローム解析」です。
まず研究対象にどれくらいの数、どのような元素を持つ成分があるか、データを抽出して成分固有の「精密質量値」を拾い上げます。そこから組成式(元素の種類と比を示す式)を割り出して、着目したいデータがあれば、付随するデータと照らし合わせてそれが「何の成分か」を追求していく……。具体的には、同じ組成式を持つ成分を世界中の研究データベースから調査し、本当に目星を付けた成分なのかをさまざまなアプローチでテストします。装置でどれだけ精密に計測しても複数の候補が挙がるので、化合物の同定(対象物が「何であるか」を見きわめること)は、専門スキルや知見が求められる繊細な作業です。
Q.食品としての蚕。どんな可能性を感じていますか?
メタボローム解析から見えてきたのは、とても大きなポテンシャルがありそうだということ。ただ「何が、どう」と全てがわかっているわけではありません。というのも、蚕の成分が予想以上に多くて。実は今、研究を始める前の想像よりかなり壮大な研究になって驚いています。蚕って、見た目からして、わりとシンプルな作りをしているイメージがありませんか? 私自身「外見と同じように成分構成もシンプルなのかな?」と思っていたんです。でもいざ始めてみると、何万種類もある。
メタボローム解析1回にかかる時間は、得られるデータの量で違って、1日でできることもあれば1週間以上かかることもあります。すでに研究が進んでいる食材ならターゲットを絞って効率的に進めることもできますが、蚕のように、そもそもどういった成分が含まれているか未知の対象については、全体像が全く読めません。
これまでに、機能性成分の候補物質を約3,000確認し、腸内環境を整える成分やアルツハイマー病を予防する成分をはじめ約100種類を特定しました。しかし、これは全成分数のほんの一部。この様子だと、きっと当初の期待以上の成果に繋がるでしょう。また研究が進めば、着目点や予測できる部分が増えて、分析も加速するはずです。まだまだ調べるべき成分が多く、まるで未開のジャングルに足を踏み入れたような「何に出会えるんだろう」というワクワク感があります。
Q.牛や豚といった従来の畜肉類と比較した場合はどうでしょうか
肉や魚は専門外ではありますが、既存のデータを確認したところ、タンパク質やビタミンなど皆さんも聞いたことのあるような成分で構成されていることが多く、おおむね含有する成分数は少ない印象です。昆虫食の話題で多くの場合「タンパク源」がキーワードになるのは、そういった背景もあるのかもしれませんね。タンパク質や栄養素が豊富だから、肉の代替品としてSDGsに貢献できる、という。
一方で蚕は、タンパク質・栄養素が豊富なだけでなく、機能性成分を多く含む可能性が高い。エリーさんが言うように、単なる畜肉の代替品としてではなく、それ以上の価値を持った新食材になりうる存在です。
Q.他に、蚕ならではのオリジナリティはありますか?
研究を進める中で、エサによって体内に含まれる成分が変わることも分かってきました。例えば、桑と、大豆の絞りかすが入った疑似植物を違う蚕に食べさせた場合、後者の蚕からは大豆の成分が検出されることが分かっています。これは大門高明教授(京都大学 大学院 農学研究科 応用生物科学専攻 昆虫生理学分野)との連携で解明しました。将来的には、機能性成分をエサに混ぜることで蚕の成分をコントロールし、サプリメントのように凝縮させることも可能かもしれません。
また、松村康生教授(京都大学 大学院 農学研究科 農学専攻 品質評価学分野)の下では、食品としての加工の可能性や利用法の研究も進んでいるので活用の幅も広がりそうです。
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最後に
Q.シルクフードの研究者として思うことを聞かせてください
今の日本の社会では、昆虫食にはじめからポジティブなイメージを持つ人はまだ少ないように感じます。ですが、これまでの歴史で食文化がさまざまに変化してきたことを考えれば、昆虫食がメジャーになる未来に違和感はありません。蚕は成分面でも加工性でもユニークな存在になり得ますから、あとは、どれだけ消費者に受容されやすいカタチで提案するかがカギになりそうですね。
個人的には、この研究に携わるようになってから、社会の在り方やSDGsについて考える機会が増えました。シルクフードの存在を通し、社会課題へのアプローチとして、また皆さんが社会を考えるきっかけとして、私の成果が役立てば研究者として光栄です。
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